Accelerating Clinical Trials in the EU (ACT EU)とは
欧州で臨床試験を加速化することを目的に、臨床試験の方法の革新するAccelerating Clinical Trials in the EU (ACT EU)というイニシアティブを立ち上げたそうです。
ソースはこちら。
Accelerating Clinical Trials in the EU (ACT EU): for better clinical trials that address patients’ needs
https://www.ema.europa.eu/en/news/accelerating-clinical-trials-eu-act-eu-better-clinical-trials-address-patients-needs
欧州委員会(EC)、The Heads of Medicines Agencies(HMA)およびThe European Medicines Agency(EMA)が手を組んで、このイニシアティブを進めるということで、その本気度がうかがえます。
もう少し具体的な目的は、EUを臨床試験の中心地としてさらに発展させ、高品質で安全かつ効率的な医薬品開発を促進し、臨床研究と欧州の医療システムを統合することにあるようです。
こう見ると、かなり野心的ですね。
このイニシアティブの戦略文書が合わせて公表されています。
提案の背景
この文書で示されているのは、EUの臨床試験改革イニシアティブの目論見といったところだけですが、EUで計画されている他のプロジェクト(European medicines agencies network strategy to 2025やA pharmaceutical strategy for Europe)とつながり、それらの実現をサポートする位置づけのようです。
このイニシアティブを開始するきっかけには新型コロナのパンデミックが影響していたようです。
新型コロナにより移動ができなくなり他施設・多国籍の臨床試験が難しくなる状況に陥ったため、多くの臨床試験が止まったり、または遅延したり、multi-regionalな試験が減り、その代わり、一か国だけで完結する試験が増える、といった状況になっていました。また、そのような無理な試験実施体制を強いられることで、臨床試験のコストも増加する一方で、試験の速度は低下していました。
このような厳しい臨床試験の環境を解消したいという思いもあったようです。
日本もそうですが、パンデミック下では平時のやり方では対応できない問題がたくさんあったため、従来の規制にはなかった柔軟な考え方が受け入れられました。
この時の経験と教訓を生かし、これからの研究環境に応用していくことを考えているようです。
日本は、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということが甚だしいので、もう少し海外の取り組みを見習いたいところです。
提案されているイニシアティブの目的
- 高水準の被験者保護、データの堅牢性と透明性を維持しつつ、欧州における臨床研究のための環境を以下の手段により最適化する
- 臨床試験の認可と実施に関するリーダーシップと調整の強化
- 倫理的監督を最適化と、倫理委員会の臨床試験と医薬品規制のライフサイクルへのさらなる統合
- より広い地域での大規模な多国籍臨床試験の実施のサポート
- 管理費の低減と効率性の向上
- HTA機関や、スポンサーとしてのアカデミア・中小企業を支援しつつ、アンメットメディカルニーズ、希少疾病、公衆衛生上の危機やパンデミックのためのワクチンや治療法に関する意思決定のためのエビデンスを提供する臨床試験を強化する。
- 臨床試験の認可に補完的に、医薬品のライフサイクル全体を通じて製造販売承認とアクセスを支援するための優れた協調的な科学的助言を通じて、欧州の臨床試験の影響力を高める。
- すべての利害関係者を巻き込み、包括的で患者志向の医薬品開発を積極的に行い、集団全体に行き渡らせる。
- 国際レベルでの戦略的事項において、臨床試験に関する欧州の明確で統一された立場を確実にする。
- アカデミアとの研究協力やトレーニングなどを通じて、医薬品開発やレギュラトリーサイエンスのあらゆる側面における能力を高める。
ホワイトペーパーのようなものなので抽象的なところがあるのは仕方がないですが、パッションは感じますね。
組織とガバナンス
ACT EUは、ECとHMAとEMAにより共同で主導されるとのことですが、ガバナンスについては、臨床試験情報システム(the Clinical Trials Information System :CTIS)で成功しているガバナンスモデルを活用することが提案されているそうです。
具体的には、The EU CTR Coordination Group(権限と構成は変えるようです)が中心となり、ECが議長を務め、EC、HMA、EMAが構成員になる形とのことです。
優先的な活動内容
2022年から2023年までの主要な優先事項を以下のように特定されています。これだけでも、かなり盛りだくさんですよね。
- 既存の取り組みのマッピングと、ガバナンスの合理化戦略の策定
- EU-CTRの成功裏でタイムリーな施行と実装
- 利害関係者の分析後、患者を含む複数の利害関係者によるプラットフォームの設立
- ICHでのガイダンス作成に基づいたGCP刷新(GCP modernisation)の実装
- 学術的で非営利の欧州および国際的なイニシアティブを活用した臨床試験データの分析と、エビデンスに基づく意思決定を支援する研究成果に基づく政策立案と資金提供の効果の改善
- すべての実現者(データ保護の専門家、アカデミア、中小企業、資金提供者、HTA 機関、 医療従事者を含む)を対象としたコミュニケーションキャンペーンの計画と開始
- 臨床試験の承認と臨床試験のデザインに関する科学的助言の連携強化と、方法論に関する作業部会との連携
- AI/ML(機械学習) の影響を受ける 臨床試験、複雑な試験、分散型臨床試験、IVDR/CTR interfaceなどの主要な方法論に関するガイダンスの作成・公開
- 臨床試験の安全性モニタリングとEU4Health共同行動への橋渡しを成功させ、市販前・市販後の安全性モニタリングの枠組みへの統合を開始
- 大学や中小企業と連携し、医薬品開発やレギュラトリーサイエンスのモジュールを含む臨床試験トレーニングカリキュラムを提供
おわりに
以上のように、欧州の臨床試験の環境改善に対する姿勢は本気も本気といったところです。
臨床試験の実施国としての日本の地位は、昔から高くありません。というか低いです。
それでも以前は「コストは高いけど質も高い」と言われていましたが、最近では質でもそれほどの差が無くなり(質による優越性が低下したこともあると思います)、今や先進国で見たら日本は臨床試験が効率的に実施できない国としてトップクラスです。
その上、薬価もどんどん下げられている状況ですから、日本に投資しようと考える外資系の製薬企業からすると日本に魅力を感じなくなり、日本での開発優先度を下げるのは、ビジネスとしては残念ながら当然と言わざるを得ません。
日本政府や関係省庁には、近視眼的な対策ではなく、効率的かつ持続的で世界から見ても魅力を感じる「実質的に意味のある政策」を打ってもらいたいものです。
==追記。後を追うようにイギリスから出された臨床試験規則の改革提案について===