【EMA】生データのPOCパイロットでのEMAの透明性原則の適用について

規制
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 EMAは欧州委員会(EC)の一組織であり、他のECの組織と同様に、保有している文書に対して市民からの情報公開の請求があれば原則的に公開することが定められています。

 また2010年代に、臨床試験の結果が規制当局により適切に評価され承認が与えられているかを一般市民/アカデミアがチェックできるようにすることを求める動きが起こり、Clinical Trial Data Sharing/Transparency(CTDS/CTDT)といった動きに繋がりました。
 この動きは、Policy 0070という文書でまとめられ、STEP1(申請資料の公開)とSTEP2(個々の被験者のデータの公開)の2段階で公開していく道筋ができました。

欧米で臨床試験データの透明性に関する議論が少しづつ高まっていた中で、EMAで承認され抗インフルエンザ薬のタミフルの試験結果と評価に疑義が生じ、市民団体やアカデミアが申請者であるロシュ社にデータ公開を求めたものの、特定の試験の結果に関して公開を拒んだことで更に疑義が高まり、EMAに企業から提出されたデータの透明性確保の要請がさらに高まったという経緯がありました。

(参考)Tamiflu campaign

 一方で、欧州には一般データ保護規則(GDPR)があるため、個人が識別できるデータは強く保護されており、市民からの情報公開請求があっても、簡単に公開する訳にはいきません。臨床試験のデータも、GDPR/EUDPRでは個人データと位置付けられており、保護対象になっています。

 そのため、Policy 0070のSTEP1は順調に発効されたのですが、STEP2は個人データ保護の観点から喧々諤々な議論がなされ、何度も施行期限を延長しながら、未施行の状態で今日に至っています。

 そんな中、2022年の後半にEMAは、医薬品評価の能力向上などを目的に、米FDAや日PMDAと同様に、医薬品承認申請時には生データ(SDTM/ADaM)の提出を企業に求めていく方針を示し、そのPoCパイロットを開始しました。

 このように、「情報公開」、「透明性」、「個人データ保護」、「医薬品評価能力向上」といったベクトルの異なる社会的要請が複数あることで、相反する関係性が生まれてきます。典型例は、「情報公開」をしようとしたら「個人データ保護」ができなくなる、といった問題です。

 このような問題がある中で、EMAが新たに方針を示した新薬申請時の生データ(被験者の個別データ)の提出に関するパイロットにおいて、EMAの透明性原則がどのように働いているかを説明した文書を、2023年2月に公表しました。

Application of EMA’s transparency principles to the raw data proof-of-concept pilot

 ここでは、この文章の中身について見てきたいと思います。

1. 目的および背景

  • 2022年11月15日の生データ実証実験(PoC)におけるEMAのPolicy 0043とその適用に関する欧州医薬品庁(EMA)と生データに関するインダストリーフォーカスグループ(IFG)との間の熱心な議論に続いて、本ペーパーは、EMAの現在の実務とプロセスを含む、既存のデータ透明性原則を明らかにする目的で作成された。
  • 本ペーパーの目的は、生データのPoCを実施しているEMAのデータ透明性原則の適用について、関心のある申請者および販売許可者(MAHs)を支援し、明確化することである。
  • 生データのPoCでは、生データの解析と可視化により、ベネフィット・リスク評価と規制当局の意思決定を強化し、EU市民のアンメット・メディカル・ニーズを満たす医薬品の迅速な承認を可能にすることが大前提となっている。
  • 欧州委員会の「欧州医薬品戦略」は、将来性のある規制の枠組みを構築するために、イノベーションとデジタル変革を可能にする取り組みを支持している。

2. 定義

生データ

 「生データ」は「標準化された試験データ」とも呼ばれ、臨床試験の参加者ごとに個別に記録され、統計解析の元となる構造化された形式に従っている個々のデータを意味する。生データには、Study Data Tabulation Model(SDTM)及び Analysis Data Model(ADaM)形式のデータセットが含まれる。

臨床試験には、臨床試験だけでなく、非介入試験も含まれます。

(規則(EU)No 536/2014(CTR)の第2条に規定された定義に準拠)

Policy 0043

 EMAの文書アクセスに関するポリシー(以下、「Policy 0043」)」は、EMAが文書アクセスの要求に適用する規則を記述している。本ポリシーは、ヒト用及び動物用医薬品に関連する文書及び関連しない文書に関する出力表、並びに販売承認(MA)申請書の構成における商業上の機密情報及び個人データの特定に関するHMA/EMAガイダンスと合わせて参照すること。

Policy 0070

 ヒト用医薬品の臨床データの公表に関するEMAのポリシー(以下、「Policy 0070」)は、規則(EC)No 726/2004の第80条に基づき、EMAが策定したものである。Policy 0070は、2014年10月2日にEMAマネジメントボードで採択され、その後EMAのウェブサイト上で公開された。Policy0070の実施は、2つのフェーズで構成された。Policy 0070のフェーズ1は、2015年1月1日に発効された。フェーズ1は、臨床報告書の公表のみに関係する。フェーズ2は、個々の患者データ(IPD:Individual Patient Data) の公開に関連しているが、発効しておらず、今後の実装が検討されている。臨床報告書とIPDを総称して「臨床データ」と呼んでいる。

連合データ保護法

 生データのPoCパイロットとの関連において、「連合データ保護法」という表現は、規則(EU)2018/1725(EUデータ保護法、「EUDPR」、EMAに適用)および規則(EU)2016/679(一般データ保護規則、「GDPR」、加盟国、スポンサー、申請者およびMAHsに適用)の両方を指す。

「連合データ保護法」と訳している原文は、Union data protection legislationです。
ここではEU機関が準拠しなければならないEUDPRと、EU加盟国やEU市民・企業などが準拠しなければならないGDPRを包含した用語として用いられています。

個人データ

 EUDPR第3条1項(およびGDPR第4条1項)は、「個人データ」を「特定されたまたは特定可能な自然人(「データ主体」)に関するあらゆる情報」と定義している。特定可能な自然人とは、特に氏名、識別番号、位置情報、オンライン識別子などの識別子、またはその自然人の身体的、生理的、遺伝的、精神的、経済的、文化的、社会的アイデンティティに特有の一つ以上の要因に関連して直接または間接に特定できる者をいう」。

3. 生データのPoCパイロットに対するPolicy 0043の適用

 Policy 0043に対応するための原則は、未公開文書へのアクセスに関するガイドで説明されている。

 規則(EC)1049/2001に基づき、EMAが保有するあらゆる種類の文書は、欧州連合(EU)の市民であれば誰でも提出できる文書閲覧請求の対象となり得る。EU加盟国に居住する、または登録事務所を有する自然人または法人は、EMAの文書にアクセスする権利を有する。これには、製造販売承認申請(MAA)のモジュール5.3における臨床試験報告書(CSR)の付録として提出された個々の患者データも含まれる。

 文書へのアクセス要求はそれぞれ個別に検討され、規則(EC) 1049/2001の第4条に従って、完全公開、部分公開、アクセス拒否の決定がなされる。これには、文書の開示が意思決定プロセスを著しく損なう場合、第4条第3項第2号への考慮が含まれる。これは、進行中の規制手続きに適用され、したがって、MAAのモジュール5.3のCSRの付録に含まれる個々の患者データを含め、申請者またはMAHによってそこに提出された文書にも適用される。したがって、関連する進行中の規制手続きの間、そのような文書へのアクセスは拒否されるだろう。

 第三者による文書へのアクセスを検討する場合、EMAは、規則(EC)1049/2001の第4条第4項に従い、商業上の機密情報(CCI:commercially confidential information)および個人データの存在の可能性について当該第三者に相談し、必要に応じて両カテゴリーのデータを修正することを考慮する。この相談は、MAAのモジュール5.3においてCSRの付録として提出される個々の患者データについても実施される。相談を受けた第三者は、5営業日以内に、編集案を支持する実証済みの正当な理由を提出することができる。

 EMAは、正当化された提案を評価し、その評価結果を、決定時に当該第三者と共有する表で提示する。

 要約すると、個人データは、規則(EU)No 1049/2001、規則(EU)2018/1725、EMAのPolicy 0043、および未公開文書へのアクセスに関するガイドおよびMAAの構造内のCCIと個人データの識別に関するHMA/EMAガイダンスで説明されている原則に従って、文書へのアクセス要求の場合、公開前に匿名化が行われることになる。

 なお、PDF形式の個々の患者データは、臨床試験報告書の付属書16の一部として、すでに企業からEMAに定期的に提出されている。EMAは定期的に患者ラインリストへのアクセス要求を受け、匿名化されたデータのみを公表している。

4. 生データのPoCへのPolicy 0070の適用

 個々の患者データは、現時点では実施されていないPolicy 0070のフェーズ2の下でのみ公開が検討されている。

5. 生データのPoCパイロットへの連合データ保護法の適用

 EMAは、生データのファイル提出に関連するすべての個人データが、EU機関、団体、事務所および機関による個人データの処理に関する自然人の保護に関する規則(EU)2018/1725および当該データの自由な移動に関する規則で定められた規則に準拠して処理および保護されることを確認することが重要であると改めて表明する。

 EMAは、生データのPoCパイロットを設定する際に、データ保護がバイ・デザインおよびバイ・デフォルトで生データのPoCパイロットに統合されるように、処理される個人データの範囲、受信者、データ対象者へのリスク、実施すべき技術および組織的な措置を評価した。この作業の結果、第6章に記載した包括的なデータ保護文書が発行され、生データのPoCに参加する医薬品の科学的評価に関与する各国の所轄庁が管理上の取り決めを行うことになった。

6. 参考資料


 以上です。

 お疲れさまでした。

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