イギリスの臨床試験に関する規則の改正に関する提案

医薬関係
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Proposals for legislative changes for clinical trials

 2022/1/13にEUが臨床試験のやり方を革新するイニシアティブを公表しました。

 競うようにイギリスが、4日後の2022/1/17に臨床試験に関する規則を改正する提案を公表しました。
https://www.gov.uk/government/consultations/consultation-on-proposals-for-legislative-changes-for-clinical-trials/proposals-for-legislative-changes-for-clinical-trials
 臨床試験の実施に関し、合理的で柔軟な規制体制を実現することで、イギリスがライフサイエンスの世界的な中心となることを狙っているそうです。
 また、「せっかくBrexitしたんだからEUの枠に囚われず、EUに対して有利に戦えるようにルールを変えたい」という思惑が隠すことなく溢れています。
 先日、欧州の臨床試験の方向性に関して取扱ったので、今回はこのイギリスの臨床試験規則の改正に関する内容について見てみます。

背景

 今回の提案で改正しようとしている法律は、The Medicines for Human Use (Clinical Trials) Regulations 2004” (SI 2004/1031)というもので、イギリスの臨床試験と治験薬に関する規則です。
 この規則は、EUの現行の臨床試験指令(Directive 2001/20/EC)をイギリス国内法として整備したものでしたが、EUでは2022/1/31をもってこの指令から規則(Clinical Trial Regulation)に移行するため、EU内でも加盟国法からEUの統一規則に代わるタイミングでもあり、またイギリスはそもそもBrexitしておりEUの指令や規則に囚われる必要がないので、この機にイギリスの臨床試験法として確立しようとしているようです。
 そして、その新しい規則により、革新的な医薬品の開発を支援するとともに、イギリスがライフサイエンスの世界的な拠点としての評判を維持・発展させ、イギリス内での熟練した雇用の機会を生み出すことを狙っているようです。

 今回の提案は、 イギリスの医薬品に関する規制当局であるMHRA(Medicines and Healthcare products Regulatory Agency)と研究の倫理・社会的な説明責任を担うHRA(Health Research Authority)が、患者代表を含む臨床研究部門全体の利害関係者からなる専門家ワーキンググループと共同で作成したものですが、まだ「Proposal(提案)」であり決定ではなく、国民をはじめとするステークホルダー(臨床試験参加者、研究者、企業、スポンサー、治験責任医師、医療従事者など)から広く意見を求めております。

改正の方向性

 治療法や技術の革新に伴い、臨床試験の設定や運営の方法も進化しているので、異なる目的のための臨床試験は、異なる方法で実施されているという現状を踏まえて、柔軟性と比例性を可能にするためには「one size fits all」の規制アプローチから脱却する必要があるという前提に立ち、新しい規制は、すべての臨床試験参加者の安全性を確保しつつ、臨床試験のデザインと実施における継続的な革新をサポートできるものである必要があり、そのサポートによりイギリスにおける、より革新的で高品質かつ効率的な臨床試験が可能になることを目指しているということで、以下の政策目標により、現行法をアップデート&強化することを目的にしています。

  • 公衆衛生を促進し、参加者の保護が規制の中心であることを確実にする
  • 臨床試験の安全性に対する強固な監視体制を維持しつつ、イノベーションの障害を取り除く
  • 臨床試験の規制を合理化し、リスクベースドな枠組みを組み込むことで、臨床試験実施者の不必要な負担を軽減する
  • 患者と社会の疾病負担を軽減するために、新規性のある、より良い医薬品の評価と開発を促進する
  • 英国がグローバル試験を実施するのに適した場所であり続けるために、国際的な相互運用性を有する規則を保証すること

 これを見ると、良いことが並んでいるように見えますね。

提案の中身 

 具体的な中身は量が多いので端折っていきます。
 詳細に知りたい方は是非原文をご確認下さい。

Patient and public involvement

 これは、最近よく言われることですよね。
 プロトコルのデザインの時点から、患者や一般市民に入ってもらって良い研究計画にしてください、といった内容ですが、その是非を問うてます。

Research transparency

 これも、よく言われていますよね。
 ここでは以下に2点について問うてます。

  • 国際的な基準に沿って、研究倫理委員会またはその代理で延期が合意された場合を除き、試験開始前にWHOに準拠した公的なレジストリに登録し、試験終了後12ヶ月以内に結果の概要を公表するという要件の導入
  • 被験者の保護を法律の中心に据えるために、臨床試験終了後12ヶ月以内に適切な形式で臨床試験結果を被験者と共有するという要件の導入

Clinical trial approval processes

 現行法では、治験依頼者からのMHRAへの治験届と、治験責任医師からの研究倫理委員会(REC)への倫理意見書の申請は、別々に申請し別々に処理される流れになっていましたが、規制の改正後は、IRAS(Integrated Research Application System)という単一の窓口に申請すれば良くなるというもので、それに関して詳細なルール(タイムクロックなども含め)の提案や、それによるメリットなどが説明されています。

低介入試験

 低介入試験では、MHRAへの届出で良いと提案しています(倫理審査は必要)。
 これはリスクベースドな考え方への変換という流れに沿ったものです。
 ちなみに、ここで言う低介入試験とは、OECD、EU、MHRAによるリスク層別化の定義に従い、以下のように説明されています。

Trials where the risk is similar to that of standard medical care, e.g. they involve marketed product(s) either used in accordance with the marketing authorisation or supported by (nationally accepted) published evidence and/or guidance and /or established medical practice.

Proposals for legislative changes for clinical trials

審査から届出スキームへの変更によるメリットとして以下のようなものが挙げられています。

  • 低介入試験は、リスクに比例した方法で実施することが可能であり、査察対象に選ばれた場合は、そのように査察される
  • 規制当局による審査が行われないため、MHRAによる不承認理由が発生せず、承認までの時間が大幅に短縮される可能性がある
  • 試験が通知スキームの対象である限り、MHRAへの大幅な修正は必要ない。ただし、研究倫理委員会については、引き続き大幅な変更が必要となりうる
  • 治験依頼者は、参考となる安全性情報について、最新の製品特性要約(SPC)を参照することができる(アップデートのための実質的な修正は不要)
  • 治験安全性最新報告(DSUR)の報告は必要ない(年次進捗報告で十分であり、ラインリストは不要)

 低介入臨床試験の例としては、承認国リストに掲載されている国で認可されている医薬品を対象とした以下のようなものが挙げられており、

  • 認可された範囲の適応症、用法・用量、剤形に関するものである場合
  • 適応外使用(小児科、腫瘍科など)を伴うもので、その適応外使用が国内で確立されており、十分な公表証拠やガイドラインによって裏付けられている場合
  • 新しい適応症であっても、当該製品の十分な臨床経験があり、かつ試験対象集団の安全性プロファイルが異なるとの疑いもない場合
  • 治験参加者が有効性の欠如にさらされることがない場合に、医薬品への曝露を減少させることを伴う場合
  • 認可された適応症のサブタイプまたはサブポピュレーションを対象とした医薬品である場合
  • 承認されている適応症、用量、剤型ではあるが、異なる用法(投与スケジュール)である場合

そのうち届出で済ますことができる要件には、以下のことが提案されています。

  • その試験が低介入の定義を満たしている
  • その治験薬がイギリスで承認されている
  • 試験デザインに将来の適応が含まれる場合、将来の適応はすべて低介入試験の定義に一致する必要がある
  • 試験に使用されるプラセボは、市販品(例:生理食塩水)であるか、活性物質の除去を除いて市販品と同じ処方で製造承認(治験薬)に基づいて製造されたものである。プラセボの使用は、臨床試験参加者を標準的な治療より低くなるようなリスクにさらしてはならない
  • 試験の主な目的が承認目的ではないこと

Research Ethics Review

 研究倫理審査は、研究倫理審査委員会(REC:Research Ethics Committee)によって行われており、現行の規制では、パート2とスケジュール2という部分に研究倫理委員会の要件が定められているそうですが、今回の提案では倫理委員会の構成に関する要件を合理化し、現行規制にある詳細の要件を削除するとされています。
 もちろん、その要件は国際的なルールに沿って、一般委員と専門委員の定義を見直し、一般委員と専門委員が必ず参加するという要件を維持することも含め、委員会の構成と最低人数に関する要件を更新するそうです。

Informed consent in cluster trials

 ここではクラスターランダム化比較試験において、同意説明を簡略化できるようにすることを提案しています。
 クラスターランダム化試験がどういったものかについては、以下のサイトなどが参考になると思います。

クラスター RCT(小山田隼佑) | 2019年 | 記事一覧 | 医学界新聞 | 医学書院

 クラスターランダム化試験は、クラスター(施設)間での患者背景(お金持ちが沢山住んでいる地域と、そうでない地域とか)や診療方針に違いがあると解析結果の解釈が難しくなることもあり、日本ではあまり実施されていないと思いますが、イギリスだとほぼすべての医療機関が税金で賄われている公的病院であり、治療法もNICE(The National Institute for Health and Care Excellence)によって細かく定められたガイドラインに沿うこともあり、クラスター(施設)間でのそういった差は少なく、クラスターランダム化試験をしやすい環境にあるのかもしれません(ここは完全な想像です)。

 ここでのクラスターランダム化試験が実施される文脈としては、承認されて普段から使われている2種類以上の治療法について比較することが想定されており、例えばA薬とB薬を比較しようとときに、A薬でもB薬でも同じぐらいの効果・安全性があることが想定されており、どちらの治療薬を使っても被験者にとって追加的リスクがないような試験が前提となっています。
 新規治験薬とプラセボ、といった比較試験の文脈ではなく、既存治療法を現実世界(Real World)で比較したい場合が想定されている感じです。
 臨床試験でなく日常診療であっても、A薬が使われてもB薬が使われてもおかしくない状況であれば、被験者にとっては日常診療とほとんど変わりがないので、倫理的にも問題とならないため、新薬とプラセボとの比較試験における同意説明と同じレベルでの同意を求めることはせず、簡略化することで臨床試験を合理化しようという考え方のようです。
 ただ、具体的に何をどこまで簡略化できるとするかまでは提案されておらず、「リスクに応じて」となっております。

Safety reporting

 安全性報告の手続きも、リスクに応じて簡略化しようという提案がなされています。
 たとえば、未知重篤な有害反応(Suspected Unexpected Serious Adverse Reaction:SUSAR)については、現在(他の規制当局が求めているのと同様に)迅速にMHRAに報告することが求められていますが、個々のSUSARを全ての治験責任医師に報告するという要件を削除することが提案されています
 治験責任医師に逐一SUSARの報告をしなくても、被験者の安全性に影響を与えることなく、スポンサーや治験責任医師の負担を軽減することができるとの考えのようで、その代わりとして、治験責任医師への安全性情報報告は、少なくとも年1回更新される治験薬概要書(IB:Investigator’s Brochure;試験期間中に収集された医薬品の臨床および非臨床データの包括的な要約)を介して行うこととしています。

A list of SUSARs without background information and proposal of appropriate risk mitigation actions is generally not very helpful.

Proposals for legislative changes for clinical trials


 「背景情報や適切なリスク最小化活動の提案がないSUSARのリストは、一般的にあまり役に立たない」とズバッと切り捨ててる感じです。個人的に、試験の対象となっている疾患や発生した有害事象によって、SUSARの個票を責任医師に知らせる意義は変わってくるように思うのですが、それだけでは対応を変えるだけの情報としては確かに不十分なので、割り切れば合理的な気もします。

 また、SUSARと年次安全性報告書を研究倫理委員会(ERC)に報告する義務をなくすことも提案しています。先ずはMHRAが評価し、必要に応じてRECと連絡を取ることを想定しているとのことです。これにより、被験者の安全性に対する監督機能を低下させることなく、重複する報告義務を取り除くことができるとのことです。
 さらに、SUSARのMHRAへの報告も、プロトコールで重篤な有害事象を継続的に監視することを義務付けている場合で、規制当局がその正当性を認め承認した場合には、ある程度集約して報告することができるような提案もしています。集約したSUSARの報告が認められた場合には、スポンサーは(独立)データモニタリング委員会による安全性データのレビューを支援する必要があるとのことです。
 このようにSUSARの報告を柔軟的に運用する前提として、安全性のシグナル検出や適切なリスク最小化活動の提案のために蓄積された安全性データを定期レビューすることを目的とした安全性モニタリング(ファーマコヴィジランス)の体制(システム)をスポンサーが有することを法的要件として導入することが提案されています。
 また、重篤な有害事象及び重篤な副作用のリストを治験安全性最新報告(DSUR:Development Safety Update Report)に記載する義務を撤廃し、代わりに、医薬品の使用に関連するシグナル/リスクおよびリスク最小化活動の提案についての適切な議論を含めるべきである、と提案されています。

Good Clinical Practice

 被験者の権利と福祉、および試験結果の信頼性を守るために、GCPの広範な原則を遵守するという要件は引き続き維持することが提案されています。ただ、ICH-GCPをそのまま法制化することはせず、GCPの原則を遵守するための要求事項を定め、それを法制化する形のようです(製造販売承認目的でデータを作成する場合には、ICH-GCPに従うことも選択できるようにするとのことで、医薬品のグローバル開発には配慮されている感じです)。
 その「イギリスのGCP原則」を、柔軟性があり、広範な臨床試験に適用できるように更新することが提案されており、品質に重要な要素の特定、リスクベースドな考え方、試験のデザインと実施のより効率的なアプローチをサポートするものとなるようです。
 例えば以下のようなものです。

  • リスクベースドなアプローチをとることを法律で明確化
  • 症例報告書(CRF)、IRTシステム、PRO(Patient Reported Outcomes)、同意、文書共有やトレーニングのためのウェブポータルなど、試験実施のあらゆる面でITシステムが利用されているが、それらの不具合により治験の安全性や結果の正確性に影響を与える恐れがあるため、電子システムの設計や管理を明確にする法律の導入
  • TMF(Trial Master File)は重要であるが複雑化しているので、リスクベースドなTMFの作成を要求するとともに、MHRAの査察官による直接アクセスを可能とすることや、最低25年間保存することを法制化(保存期間もリスクベースで変わるが、詳細はガイダンスでカバー)
  • 臨床試験の被験者が、治験薬の費用を負担する必要がないことや、臨床試験が民間のクリニックで実施されている場合でもスキャンや診察などの治療費を被験者が負担すべきではないことなど、臨床試験に参加するための経済的コストを被験者が負担すべきではないことを明確化

Sanctions and corrective measures

 制裁や是正措置に関する項目ですが、運用をリスクベースドなアプローチにする方向なので、財政的ペナルティや是正措置も比例的な考え方をしていくとのことです。
 また、スポンサーや治験責任医師が重大なコンプライアンス違反をした過去がある場合は、それらが関わる新たな臨床試験の実施を規制当局が拒否できるようにするとのことです。
 そして、臨床試験の中断や終了に関しても、試験全体に対してではなく、臨床試験の一部(リクルート、投与、特定の投与群、特定の施設など)のみに適用できる可能性があることを明確化することで、革新的な試験デザインの場合に適切な規制措置ができることを保証していくようです。

Manufacturing and assembly

Definitions and other terminologies

 上の二つの項は割愛させていただきますが、一つだけ、以下の提案はとてもよいものだと思ったので紹介します。他の国でも是非検討して貰いたいです。

Clinical trials may require follow-up of participants years after the intervention being studied has stopped, for example to look at survival rates in cancer trials or advanced therapy trials. We propose to remove obstacle to this by allowing ‘non-interventional’ long term follow up information to be collected after intervention end without the need for regulatory approval.
臨床試験では、例えば、がんの臨床試験や先進医療の臨床試験における生存率を調べるために、研究されている介入が終了した後、何年にもわたって参加者を追跡調査する必要がある。我々は、規制当局の承認を必要としない「非介入型」の長期フォローアップ情報を臨床試験終了後に収集できるようにすることで、この障害を取り除くことを提案する

Proposals for legislative changes for clinical trials

さいごに

 以上、イギリスの臨床試験の実施に関する新しい規則に関する提案を眺めてきました。
 詳細に確認したい方は是非原文をご確認下さい。全てを紹介しているわけでもありませんし、誤訳しているかもしれませんので・・・
 例えば細かい点ですが、用語の定義として、「subject」(被験者)という言葉から「participant」(参加者)という言葉を使うことに変更するという提案があり、そのため、この提案書の中ではpaticipantという言葉で統一されているのですが、ここでは分かりやすさを重視し被験者と訳している部分もあります。
 その他、原文で使われている比例性(proportionality)とか比例的といった言葉は、法律の世界ではよく使われる言葉だと思いますが、臨床試験の世界では馴染みがないと思いましたので、臨床試験の世界では聞きなれている「リスクベースド」という言葉に(かなり)意訳している場所がありますのでご注意下さい(「risk-proportionate manner」を「リスクベースドな方法」、「risk-proportional approach」を「リスクベースドなアプローチとか」とか)。

 ICHとの整合性という点で大丈夫なのかな?と思うところもありますが、「なぜこういうルールになっているのだろう?」と考えることなく決められたやり方を続けるより、定期的にルールを見直し、時代や状況に合わせてルールを変えていく方が健全だと思います。

 最終的にはどのような形の規制になるかは分かりませんが、個人的には、グローバルで見たときに、イギリス特有のルールが追加されたり、イギリスのみが要求する文書作成義務等が無ければ有難いなと思いました。

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