このガイダンスの概要
カナダの医療政策を担当する規制当局のために、政策決定・意思決定に必要となる医薬品や医療機器の科学的な評価を実施しているCanadian Agency for Drugs & Technologies in Health(CADTH)が2023年5月に「CADTH Methods and Guidelines : Guidance for Reporting Real-World Evidence」というガイダンスを公表しました。
このガイダンスは、保険償還時の医療技術評価(Health Technology Assessment:HTA)のためだけでなく、カナダの規制当局(Health Canada)が医薬品の承認審査の際にRWEを評価する場面にも適用できるように意図され開発されたガイダンスとなっており、Health Canada自体もこのガイダンスの作成に大きく関わっています。
実際にこのガイダンスの前文では「RCTの限界」について語られており、現実世界への一般化の問題や、特定の疾病や集団におけるRCTの非倫理性について述べられており、承認審査が意識されていることが読み取れます。
リアルワールドエビデンス(RWE)が、エビデンスの不確実性を低減する一つの有効な手段であることが世界的に認められつつあるものの、そのエビデンス創出のために用いられるリアルワールドデータ(RWD)、研究デザイン、解析方法が多様かつ複雑であり、一つの型に落とし込むのは難しく、その研究結果の評価が難しいといった側面があります。
よって、透明性があり、かつ、評価者によって評価・解釈が容易となる「RWEの報告時の共通原則となるスタンダード」を開発することが重要な課題でしたが、今回のガイダンスはその課題に取り組んだ成果と言えるものです。
この文書の中でその目的が以下のように説明されています。
全体的な目的と主な目標
本ガイダンスの目的は、カナダにおける意思決定を支援することを目的に、RWE研究を実施・提出する者のためにRWE研究の報告の標準化を促進することである。
本ガイダンスの作成は、以下の主な目的に基づいている:
- 規制当局とHTA機関が、意思決定に使用する研究の適切性を評価するために十分な情報を得られるようにする
- グローバルスタンダードに沿った、RWE研究の中核的な報告基準を提供する
- RWDとRWEに関連する現実的な課題を考慮しつつ、報告の透明性を優先させる
具体的な目標
具体的な目的は以下のとおり:CADTH Methods and Guidelines : Guidance for Reporting Real-World Evidence
- RWE研究の報告に関する原則と基準に関する既存のグローバルガイダンスを特定し、国際基準に沿ったカナダのRWE報告基準の最初のドラフトを作成する。
- RWDおよびRWEの国内外の専門家の関与を通じて、カナダのRWE研究の中核となる報告基準に含めるべき項目についてのコンセンサスを確立する。
「最初のドラフト」(an initial draft)とあるように、このガイダンスはRWEの包括的な報告のための強力な基礎的ガイダンスの第一歩という位置付けであり、時間の経過とともに更新・改定・拡張していくことを前提にしています。
また、ガイダンスの実装にあたっての注意事項として、RWD のソースやRWE の設計・用途は多様であることから、必ずしも全てのRWE研究において、このガイダンスが示している全ての推奨事項(チェック項目)を適用しなければならない、というものではないことが説明されています。
ガイダンスの構成
このガイダンスは、RWEの報告時における以下の12項目について、それぞれの項目に関する説明と具体的な考察・提言というパートから構成されています。
- Research Questions and Study Design(研究デザインとリサーチクエスチョン)
- Setting and Context(設定と背景)
- Data Specifications, Access, Cleaning Methods, and Linkage(データ仕様-アクセス、クリーニング方法、リンケージ)
- Data Sources, Data Dictionary, and Variables(データソース、データディクショナリ、変数)
- Participants(研究参加者)
- Exposure Definitions and Comparators(暴露の定義と対照薬)
- Outcomes(アウトカム)
- Bias, Confounding, and Effect Modifiers or Subgroup Effects(バイアス、交絡、効果修飾因子またはサブグループ効果)
- Statistical Methods(統計的手法)
- Study Findings(研究結果)
- Interpretation and Generalizability(解釈と一般化可能性)
- Limitations(限界)
それぞれの項目で提言された内容が集約されチェックリスト化されたものが、Appendix3に以下のような形で載せられています。
本当は全文を訳してご紹介したいところなのですが、諸事情によりそれは難しい様子のため、ここでは、このガイダンスのエキスともいえるチェックリストの項目のみ以降で紹介したいと思います。
それぞれのチェック項目が取り上げられた背景や考慮事項については、是非原本をご確認頂きたいと思います。
チェック項目
それぞれのチェック項目に関する詳細な説明・解説が原文でなされておりますので、詳しく知りたい方は是非原文をご覧下さい。
セクション1:研究デザインとリサーチクエスチョン
- 研究目的、研究課題の明確な報告
- 研究計画の全体像の報告
- 研究デザインを選択した根拠の提示
- 関連情報と知識のギャップを評価した上での関連文献のレビューの実施
- 研究デザインの主要な要素(例:マッチング)の説明
- 研究デザインの重要な点を説明するための図の使用の考慮
- 先験的なプロトコールの作成・参照についての強力な推奨
- 患者パートナーの役割、利益相反を含むすべての研究チームメンバーについての説明
- 治験のガバナンス構造、特に最終的な意思決定の責任者の記述
- 研究倫理承認(またはそれに相当するもの)の報告
- 資金提供元の開示
セクション2:設定と背景
- データソースの文脈化を目的とした以下を含む重要な情報の記述:
1.1.ケアセッティングのタイプ
1.2.地理的な場所 - リクルート、曝露、フォローアップ、データ収集の期間を含む、関連するすべての研究期間の日付の記載
- データ収集における欠損データの構成要素の特定
- カナダ以外の国のデータソースを使用することを計画する研究においては、以下を提供:
4.1. データソースを選択した根拠
4.2. これらの要因がカナダ国内の集団に対する研究結果の一般化可能性にどのような影響を及ぼすかについての説明
4.3. 医療制度に関する背景情報
4.4. 処方や治療法の慣行
4.5. 対象となる介入薬と比較薬の研究期間中の使用と市場での入手可能性に関する情報
セクション3:データ仕様-アクセス、クリーニング方法、リンケージ
- 研究者が研究集団の作成に使用したデータベース集団にどの程度アクセスできるか、またデータの出所の主要な側面に関する記述
- 本研究で使用されたデータクリーニングの方法に関する情報の提供。提供されていない場合は、その理由の説明
- 共通データモデル(CDM)構造によってデータが整理されているかどうかの報告
- データの利用方法とデータ共有に関する同意に関する説明。関連する場合、同意文書の提供
- データ収集方法についての説明
- データの品質と、データの品質の評価を目的とした関連指標の報告
- データソース間のばらつきや、データの経年変化の影響についての記述
- データリンケージが行われた場合、リンケージに使用された方法の記述
- データリンケージの実施者(例:組織名)の報告(該当する場合)
- データリンケージの性能特性及びリンケージの各段階におけるリンクされた人数の記述
セクション4:データソース、データディクショナリ、変数
- すべてのデータソース(データベースの特定のバージョンと最終更新日を含む)の提供と説明
- 保健医療環境の特徴およびデータ収集の背景の説明
- データの継続性と完全性の詳述
- データベンダーや組織が研究用にデータを抽出した際の名称、日付、バージョン番号の記載
- ソースデータがベンダーや組織からのデータのサブセットである場合、適用された検索や抽出基準や日付の範囲の提示
- 対象となる各変数のデータソースを記載
- 対象となる変数の測定方法と、対象集団で判定または検証されたかの記述
- データディクショナリ(データソース、妥当性、およびすべての変数の定義に関する情報を含む)の提示(該当する場合)
- すべての変数の定義とルックバックウィンドウの指定
- 経時変化の可能性がある変数があるかどうかの報告(例えば、経時変化のある曝露に関連して、その変数がどのように経時的に変化し、いつ再定義されたかについて報告)
- 捕捉できなかった重要な変数と、試験結果に対するその予想される影響に関する報告
- 変数の測定における先験的なプロトコルからの逸脱に関する情報の提供
セクション5:研究参加者
- 研究対象者を特定するために使用した選択基準の提示
- 除外基準を正当化し、それが研究の全体的な解釈にどのように影響する可能性があるかの説明
- カナダにおける対象集団と比較した研究集団の特徴の記述
- 可能であれば、選択基準および除外基準を定義するために使用したすべてのコードまたはアルゴリズムの提示
- 選択基準および除外基準を評価した期間(例:ルックバック・ウィンドウ)の明記
- 特定の試験デザインに対する推奨事項:
6.1. コホート研究の場合、暴露群の定義、コホートの開始日と終了日、マッチング基準、打ち切り/追跡調査など、分析したコホートの詳細な説明
6.2. 前向きコホート研究の場合、リクルートのプロセスの説明
6.3. ケース・コントロール研究およびケース・クロスオーバー研究については、症例および対照の確認、ネステッド研究のためのソース集団、サンプリング方法、およびマッチング基準の詳細の説明 - 研究の各段階における参加者数および不参加の理由の報告。フロー図を利用した説明を考慮。
- 研究参加者の特徴の提示。入手できない、あるいは可能でない場合は、その理由の説明
- 対象となる各変数に関する欠損データの提示
- 治療群または暴露群の比較
- 各解析に含まれる研究参加者の数と解析戦略(例:PPS、ITT)の明記と各解析から除外された被験者の数または割合、および除外理由の詳細な記載
セクション6:暴露の定義と対照薬
- 暴露の定義(例:単回暴露、多回暴露、連続暴露)および暴露を評価するための関連する開始・終了ウィンドウの要件の定義
- 曝露情報を取得したデータソース(複数可)の明記(曝露の計測の妥当性とあらゆる限界を含む)
- 曝露とアウトカムのリスクウィンドウの特定と、曝露とアウトカムのタイミングの間の既知または予想される関係との関係についての議論
- 対照薬を使用しなかった場合、その理由の説明
- 対照群の定義(例:active comparator, historical comparatorなど)。
- 使用した対照薬の正当性に関する試験結果への潜在的影響を含めた説明
- 経時的な曝露および対照の使用パターンの変化と、それらが結果に及ぼす影響に関する議論。これらの変化の調整のために使用した方法があれば報告
- 介入や対照薬の適応がどのように許可され、記録されたかについての明記
セクション7:アウトカム
- 可能であれば、すべての試験アウトカム(一次、二次、探索的)の定義の報告
- 研究に用いたアウトカムの根拠の提示と、研究に含まれなかった関連アウトカムに関する議論。研究中の関心のある疾患について、中核となるアウトカムセットがある場合は、その使用の検討
- すべてのアウトカム定義の妥当性に関する情報の提供
- アウトカムの発生時期を正確に測定できるかどうかの記述
- 研究されたアウトカムが臨床的(患者中心の)アウトカムの代替指標であるかどうかの明記。もしそうなら、代替アウトカムと関心のある主要な臨床アウトカムとの関係の強さについても明記。
- 治療群間でアウトカムの誤分類が起こりうるかどうかの議論。
- コントロールアウトカムを使用したかどうかの報告と、選択したコントロールアウトカムの正当性に関する説明
セクション8:バイアス、交絡、効果修飾因子またはサブグループ効果
- 潜在的なバイアスの原因に対処するために使用したすべての手順の報告
- 潜在的なバイアスの原因が解析のアウトカムにどのような影響を与えうるかについての明記
- 解析において既知または潜在的な交絡因子とみなされた変数の明記
- 交絡因子の選択方法と因果関係図による情報提供の有無についての説明
- 治療群間で測定されたベースラインの交絡因子の分布の記述・比較
- 潜在的な交絡因子の測定の是非の報告と、これらの交絡因子が試験結果に与える予想される影響の明記
- 経時的な交絡を考慮したかどうかの報告と、考慮しなかった場合の理由の説明
- データの主要な仮定と限界を検証するための感度分析の実施に使用した方法の明記。感度分析を実施しなかった場合は、その理由の説明
- 既知または潜在的な効果修飾因子の明記
- 効果修飾またはサブグループ解析が実施された場合、それらが先験的に特定されたかについて記述。先行研究や生物学的根拠など、あらかじめ指定された根拠に基づいて特定・実施された場合も含む。効果修正やサブグループ解析が行われなかった場合、その必要がなかった理由の説明
- 効果修飾や サブグループ解析が行われた場合はその方法の説明とサブグループごとの個別の結果の提示
セクション9:統計的手法
- 統計解析に使用したソフトウェア(ソフトウェアパッケージ、バージョン、使用した解析ツール(例:マクロ)を含む)の記述
- 使用した統計コードへのアクセスの可否。共有できない場合、その理由の説明
- 使用したすべての統計的手法の報告と、その選択の正当性の説明(該当する場合):
3.1. 回帰モデルに含まれるすべての変数
3.2. 回帰モデルにおける変数の選択方法
3.3. 交絡を制御するために使用した方法
3.4.欠損データを考慮するために使用した方法
3.5. 追跡期間と曝露の変化の扱い方
3.6. サブグループ解析と効果修飾
3.7. 該当する場合:層別化、傾向スコアの推定と仮定、メタアナリシス手法、操作変数の妥当性 - 信頼区間を用いたすべての推定値の精度の定量化
- 使用した統計的有意性の閾値の報告
セクション10:研究結果
- 主要アウトカム及び副次アウトカムについて、各試験目的や仮説に関連する主要な結果(推定効果測定値、精度測定値)の要約を、各治療群または曝露群ごとに記載
- アウトカムイベントの数またはアウトカムの要約指標(症例対照研究の場合は曝露量)の提示
- 二値アウトカムの絶対効果測定および相対効果測定の報告(精度の指標を含む)
- 連続変数が分類されている場合、分類境界の報告と、相対リスク推定値の絶対リスクへの変換についての検討
- 未調整および調整後の推定値の報告(精度の測定や調整に使用した交絡因子を含む)
- あらかじめ特定していた他に実施された解析(例:サブグループ解析、交互作用、感度解析)の報告
- (事前に定義されていない)二次的に実施された計画外の解析について、探索的解析と明記した上での記述
- 結果の選択的な報告の回避
セクション11:解釈と一般化可能性
- 該当する場合、主要および副次的な試験結果についての解釈の記載
- 該当する場合、調整済みおよび未調整の結果から得られた知見の解釈
- 効果測定の精度の議論
- 潜在的なバイアスや前提としている感度が、結果やその後の解釈に与える影響についての議論
- 該当する場合、治療法のリスク・ベネフィット・プロファイルを含め、臨床現場への知見の示唆について議論
- 現在の文献と関連付けた試験結果の解釈
- 研究結果のカナダにおける一般化可能性(外部妥当性)についての議論
セクション12:限界
- データソース、欠損データ、バイアスと交絡、不正確さやサンプルサイズの限界、結果が臨床的に意味のあるものかどうかなど、研究の限界についての考察
- 結果の妥当性、および結果がバイアス、偶然、交絡のみによるものであるかどうかについての議論
以上、CADTHによる「リアルワールドエビデンスを報告するためのガイダンス」でした。
今回全文を紹介できませんでしたので、ご関心のある方は原文をご確認いただくことをお勧めします。