【FDAガイダンス】臨床試験のデザインと実施におけるペイシェント・エンゲージメント

医薬関係
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 FDAが「医療機器の臨床研究のデザインと実施におけるペイシェント・エンゲージメント(Patient Engagement)」に関するガイダンスを公表しました。

Patient Engagement in the Design and Conduct of Medical Device Clinical Studies

 臨床試験の実施におけるペイシェント・エンゲージメントの重要性は世界中で議論されているテーマの一つです。
医薬品開発でも参考になると思いますので、今回はこれを取り上げてみます。

 なお、ペイシェント・エンゲージメントに対応する日本語として「患者参画」とか「患者の関与」といった言葉が使われることもありますが、一般的になっている言葉はまだないと思いますので、ここではカタカナでそのまま「ペイシェント・エンゲージメント」という言葉を使います。

 全訳ではないですし、私なりに意訳しているところもありますので、関係者は原文をご確認ください。

はじめに

 FDAは患者や介護者の経験と見解を重視しています。その理由は、患者や介護者が関与することにより、疾患や病態と付き合いながら生活する中から得ているインサイトや、疾患や病態の診断・処置・管理における医療機器のインパクトを示すことができると考えているからです。

 相談役またはコンサルテーションの能力を提供できる患者アドバイザーは、自ら研究に参加することなく病気とともに生きてきた経験を共有することができ、臨床研究のデザインと実施の改善につなげることができます。

 このガイドラインは以下を目的としています。

  1. 医療機器の臨床試験のデザインと実施を改善するために、患者アドバイザー(後述の定義を参照)からその経験、見解、その他の関連情報を引き出すために、スポンサーが自発的にペイシェント・エンゲージメントを利用する方法を理解すること
  2. 医療機器の開発プロセスの初期段階から患者アドバイザーと関わることの利点を強調すること
  3. どのようなペイシェント・エンゲージメント活動が、研究やIRBに関する規制を含むFDAの規制対象にはあたらないと一般的に考えられているかを説明すること
  4. 医療機器の臨床試験のデザインと実施に関するペイシェント・エンゲージメントに関する情報の収集やFDAへの提出について、よくある質問や誤解について説明すること

背景

 医療機器の導入が成功するかどうかは、公衆衛生上の利点が実証されていることに加えて、その技術を患者が受け入れ、患者が医療プロセスにより深く関与するかどうかにかかっています。FDAは、効果的なペイシェント・エンゲージメントは、頑健性のある臨床研究における現実的な課題を軽減することに役立つと考えています。

 これには、試験/研究参加者の登録と試験への参加・維持に関する課題が含まれます。特に、プロトコルが長い追跡期間(例えば、術後2年まで)を含む場合や、臨床現場への頻繁な訪問が必要な場合には、多くの移動が必要になることがあります。

 さらに、医療機器の研究計画は複雑で、多くの評価項目があり、また、病気や症状を持つ一部の研究/調査参加者が臨床研究に参加できないようなエントリー基準が存在する場合もあります。

 これらの要因が適切に対処されない場合、試験依頼者の時間とコストの増加、試験/研究参加者および医療システムの負担の増加、有益な医療技術への米国の患者のアクセスの遅れなどの原因となります。

 FDAは、人種や民族の異なる多様な患者アドバイザーからの意見を取り入れならプロスペクティブにデザインされた医療機器の臨床研究は、これらの臨床研究で直面する共通の課題を解決するのに役立つと考えており、その結果、以下のようなことを促す可能性があります。

  • 試験/研究参加者の募集、登録、試験終了までの時間を短縮
  • 研究/調査参加者のコミットメントと維持が強化と、結果としての追跡調査時の脱落の減少
  • 研究/調査参加者のアドヒアランスが向上と、それによるプロトコルの逸脱/違反の減少
  • 多様な患者層の研究・調査への参加
  • 研究計画改訂の低減
  • より質の高いデータを得るためのデータ収集の合理化
  • 患者にとって重要なアウトカムに関するより適切なデータ

 また、これまでにFDAが患者や事業者から聞いていた、臨床試験に患者が関与することに対する誤解や課題を解消することも意図されています。

スコープ

 FDAは、製品のライフサイクル全体において、ペイシェント・エンゲージメントが有益であることを認めています。

 このガイダンスは、医療機器の臨床研究の設計と実施におけるペイシェント・エンゲージメントの適用に焦点を当てていますが、試験・研究参加者や患者アドバイザーへの報酬の支払い、機器のプロモーション(21 CFR 812.7参照)、臨床試験結果の宣伝については対象外です。

ペイシェント・エンゲージメントの定義

 このガイダンスでは、ペイシェント・エンゲージメントとは、相互学習や効果的なコラボレーションの機会を提供する、意図的で有意義な患者との交流、と定義しています。

 臨床試験の計画において、患者アドバイザー(後述の定義を参照)との関わりは、臨床試験の計画と実施において、患者の経験、視点、ニーズ、優先事項を共有する機会を創出します。重要なのは、FDAはこのような患者との関わりを、スポンサーや臨床研究者(「治験責任医師」とも呼ばれる)が、特定の臨床研究に参加する個人を試験/研究参加者として扱う場合とは異なるものと考えていることです。

 このガイダンスでは、患者とは、特定の疾患や健康状態にある、またはそのリスクがある人と定義し、その疾患や健康状態を予防・治療するための治療を受けているか否かを問いません。患者は、医療製品による恩恵と被害を直接経験する人です。患者には、スクリーニング検査や診断検査を受けている健康な人、病状を抱えながら生活している人、特定の病気や健康状態を治療するために医療機器を使用している人、が含まれます。このガイダンスでは、臨床試験に関して研究者、スポンサー、またはFDAと関わりを持つ患者の役割として、試験/研究参加者患者アドバイザーの2つを明確に特定しています。

 このガイダンスでは、試験/研究参加者という用語は、試験品の受領者として、試験品が使用された、あるいはその検体に使用された、あるいは対照として研究に参加している、あるいは参加することになった個人であり、健康な個人を含みます。FDAの規則では、これらの個人を指す時に「被験者(subject)」または「ヒト被験者(human subject)」という用語を使用していますが、患者は別の用語に慣れているかもしれません。したがって、本ガイダンスでは、代わりに「試験/研究参加者」という用語を使用します。

 このガイダンスでは、患者アドバイザーとは、疾患や病態を抱えて生活した経験があり、臨床試験のデザインや実施を改善するために助言や相談の役割を果たすことができるものの、「試験/研究参加者」自身や「試験/研究参加者の介護者」には当たらない個人を指しています。患者アドバイザーは、医療従事者のように、医療製品の処方または推奨の決定に責任を負う個人ではありません。患者アドバイザーには、同じ疾患/病態または類似のデバイスタイプに関する過去の臨床研究に参加したことのある個人、同様の臨床研究に参加するためのスクリーニングを受けたが最終的に参加資格を得られなかった、または参加を選択しなかった個人、疾患特異的または横断的な患者組織の代表者、非治療(例えば、診断)デバイスの潜在的なユーザーである可能性のある健康な個人、または疾患/病態/デバイスの経験を有する可能性のある患者の介護者(ケアパートナーとも呼ばれる)が含まれるが、これらに限定されません。例えば、マンモグラフィーの性能を評価するための臨床試験では、医学的診断を受けているかどうかにかかわらず、女性を患者アドバイザーとして採用することが考えられます。希少疾病の診断・治療のための臨床試験において、患者アドバイザーを特定することが困難な場合があることは認識しています。スポンサーは、特定の希少疾患のコミュニティに参加するための適切なアプローチについて、FDA の適切な審査部門と協議することができます。

 臨床アドバイザーや経験豊富な臨床研究者と同様に、患者アドバイザーは、試験の計画・実施方法にプラスの影響を与え、試験中の患者の体験を改善し、試験結果の関連性、質及び影響を改善するような提案を行うことができますが、利益相反の可能性を回避するために、助言を行う同じ研究の試験/研究参加者にはなれません。

医療機器の臨床試験におけるペイシェント・エンゲージメントに関するQ&A

医療機器の臨床試験のデザインと実施に情報を提供するために、スポンサーはどのようなアプローチで患者アドバイザーを関与させることができますか?

 スポンサーが自主的に患者アドバイザーを特定し、試験計画の初期段階で患者アドバイザーの役割を明確に定義することを推奨します。スポンサーには、どの活動が研究計画の一部であり(すなわち、試験/研究参加者のための活動)、どの活動が臨床研究のデザインと実施を改善する可能性のある研究以外の患者参加の取り組みであるか(すなわち、患者アドバイザーのための活動)について、計画プロセスの中で明確にすることを推奨します。

 患者アドバイザーは、臨床試験、対象となる疾患や病態に対する様々なアプローチ、機器の作用などについて知識を得ていれば、エンゲージメント活動において自分の見解を述べるための準備ができ、より力を発揮できるようになるかもしれません。スポンサーは、患者アドバイザーが最も効果的に貢献できるように、既存の教材の使用を検討したり、患者アドバイザーのトレーニングを提供する組織と提携することをお勧めします。

 臨床試験のデザインと実施を向上することができるペイシェント・エンゲージメント活動には、以下のようなものがありますが、これらに限定されるものではありません。

  • 患者アドバイザーと協力して同意説明文書を改善し、患者が臨床試験のために提示された情報を理解できるようにする。
  • フォローアップのスケジュールを実施することが困難な試験/研究参加者への不必要な負担を軽減するために、フォローアップのための訪問やデータ収集方法の柔軟な選択肢について、患者アドバイザーから意見を聞く。受診時間の延長や週末の受診を認めること、試験・研究参加者の主治医が一部のフォローアップ評価を行うことを認めること、臨床研究者による電話または家庭訪問を認めること、日常的な血液検査を処理するためのより便利な検査機関を認めること、モバイルまたはオンライン技術を用いてバーチャルまたはリモートでのフォローアップを可能にすることなどが提案されている。
  • 進行中の試験において、必要に応じて患者アドバイザーと協力し、リクルートの障害、試験の遅れの原因、試験前に予想していなかった課題などの問題について話し合う。
  • 特定の疾患や病態の治療において、どのような潜在的エンドポイントが有意義であるかについて、患者アドバイザーと意見を交わす。
  • 患者アドバイザーとの協働により、臨床試験における患者報告アウトカム(PRO)測定で把握すべき概念を伝える。患者にとって重要なアウトカムをよりよく反映させるために、臨床試験における患者報告アウトカム(PRO)の測定法で把握しようとしているコンセプトを患者アドバイザーに伝える。
  • 患者アドバイザーと協力して、臨床研究の開発に役に立つような、または特定の疾患・病態に使用される提案されている治療法や複数の治療オプションに対する患者のベネフィットとリスクのトレードオフを理解するのに役立つような、患者嗜好調査のデザインを伝える。

患者アドバイザーからの意見を収集し、臨床試験に反映させることができるのはいつですか?

 スポンサーは、臨床試験の初期の計画段階で、患者アドバイザーの参加を検討し、試験計画の策定中に患者の意見を取り入れることができるようにすべきです。特に、革新的な分野や新たな対象となる患者集団においては、臨床試験の計画・立案時に患者アドバイザーと協議することを推奨します。また、スポンサーは、将来の試験の改善のために、試験後に患者アドバイザーの参加を検討することもできます。

 より確立された領域では、研究計画のドラフトに対する患者アドバイザーの意見は、時間と費用を節約し、より患者を中心とした設計への改善につながる可能性があります。このような意見は通常、最終的なプロトコルと同意説明文書がIRBに提出されて審査される前に取り入れられるべきです。

 IDE(製品毎の承認取得等の規制を一定条件下で免除する制度)申請を必要とする臨床研究の場合、この情報はIDE申請の一部として審査のためにFDAに提出される最終プロトコルおよび同意説明文書に含まれるべきです。 試験/研究参加者のリクルートや維持に関して重大な問題に直面している進行中の研究については、スポンサーは、トラブルシューティングや取り得る解決策の提案のために、研究コーディネーターとともに患者アドバイザーの参加を考慮するとよいでしょう。

ペイシェント・エンゲージメントにおけるIRBやその他の機関の役割はどのようなものでしょうか?

 FDAの規制では、IRBとは「人間を対象とした生物・医学研究を審査し、その開始を承認し、定期的な審査を行うために機関によって正式に指定された委員長、委員、その他のグループ」とされています。「IRBの審査の主な目的は、試験/研究参加者として参加する人間の権利と福祉の保護を保証することです。個人情報にアクセスしたり、試験/研究参加者に直接関わる場合には、その保護のために、連邦、州、および地域の法律と機関の方針を慎重に検討する必要があります。

 患者アドバイザーとのペイシェント・エンゲージメント活動は、主に相談・助言的な立場での交流を伴うため、FDAは一般的に、これらのタイプの活動を研究またはそれ自体がFDAの規制対象となる活動とは考えていません。したがって、IRBの要件を含み、FDAの研究規制は一般的に適用されません。

 対照的に、試験/研究参加者と治験責任医師の間のやりとりは、通常、使用される方法論的アプローチを概説する研究計画の一部として情報を集めることを含みます。このようなやりとりは、一般的にFDAの規制対象である「臨床研究」の文脈で行われ、21CFR Part 812(Investigational Device Exemptions)、21CFR Part 56(IRBs)、21 CFR Part 50(Protection of Human Subjects)の適用要件を含む要件を満たさなければなりません。

 スポンサーが患者の経験や考え方に関する情報を得るために患者と関わる研究は様々なので、そのような活動にどのような法律が適用されるかを完全に議論することは、このガイダンスの範囲外です。FDAは、スポンサーがIRBやHIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act)プライバシーボードと協力して、特定の研究活動にどのような法律が適用されるかを判断することを推奨します。

スポンサーはどのようにしてFDAからペイシェント・エンゲージメントプランや患者中心の試験デザインに関するフィードバックを受けることができますか?

 FDAは、スポンサーに対して、適切な状況下における医療機器の臨床試験のデザインと実施に患者アドバイザーの意見を取り入れることを奨励しており、ペイシェント・エンゲージメントのアプローチについて議論することを歓迎しています。FDAからのフィードバックを得るための方法については、CDRH Patient Science and Engagement Programのウェブページや、FDAのガイダンス「Requests for Feedback and Meetings for Medical Device Submissions: The Q-Submission Program」も併せてご参照ください。

 スポンサーには、試験計画の策定に使用した過去のペイシェント・エンゲージメント活動を参照することを推奨します。また、スポンサーは、ペイシェント・エンゲージメント活動から得られた関連情報を、その後のFDAへの販売申請に使用したり、引用することができます。

要約

 FDAは、適切な状況下において、医療機器の臨床試験におけるペイシェント・エンゲージメントを奨励します。この文書では、臨床試験のデザインと実施に患者アドバイザーを参加させることに関連する、潜在的な価値の概要、課題と潜在的な解決策の概要を提供しています。また、スポンサーが患者アドバイザーを関与させることで、より患者を中心とした研究を設計し、試験/研究参加者の登録と維持、および患者にとって意味のある情報の収集が可能になると考えられる様々な方法を示しています。

 医療機器の臨床試験のデザインや実施に患者アドバイザーの意見を取り入れることを検討している場合は、早期にFDAとの対話を行い、適切なデザインや適用される規制要件についてFDAの関連部署からフィードバックを得ることをお勧めします。

 FDAは、適切なペイシェント・エンゲージメントが、医療機器の臨床試験の設計・実施の効率と質の向上を促すことで、医療機器の治療方針を決定する際に、患者や医療機関がその結果をより多く取り入れることができるようになり、最終的に米国の患者が有益な医療機器をより早く入手できるようになると考えています。

 患者エンゲージメントに関するその他のリソースや最新情報については、
https://www.fda.gov/about-fda/center-devices-and-radiological-health/cdrh-patient-engagement
をご覧ください。

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